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2026-04-13

國井恒志裁判官東京高等裁判所

「捜査機関が証拠を捏造した」袴田事件で58年目の無罪判決 — 村木厚子さんが訴える取り調べ改革と、冤罪に向き合った裁判官

ニュース

2026年4月11日に配信されたRSK山陽放送のインタビュー記事(3月17日放送)で、元厚生労働事務次官の村木厚子さんが、取り調べの録音録画の全事件・全過程への拡大を改めて訴えた。村木さんは2009年の郵便不正事件でえん罪逮捕され164日間勾留された経験を持ち、2010年に大阪地裁で無罪が確定。その後復職して事務次官を務めた。番組では、映画監督の周防正行氏らとともに法制審議会の市民委員として活動した経験を語り、現行制度では一部の事件の逮捕後の取り調べしか録音録画の対象にならないことを批判した。村木さんが身をもって訴える「自白させたい、有罪にしたいという無理な取り調べ」の問題は、2024年9月26日に静岡地裁で言い渡された袴田事件の再審無罪判決と深く通底する。國井恒志裁判長は同判決で、1966年の事件発生から58年を経て、袴田巖さんに無罪を言い渡した。判決は、自白調書について「非人道的な取調べによって獲得された虚偽自白」と認定し、最も中心的な証拠とされた「5点の衣類」と共布(ズボンと同じ生地の端切れで、袴田さんの実家から発見されたとされるもの)について「捜査機関によって捏造された」と断じた。検察は控訴を断念し、同年10月9日に無罪が確定。死刑判決の再審無罪は戦後5例目で、逮捕から無罪確定まで58年という日本の刑事司法史上最長の冤罪事件に終止符が打たれた。

出典: RSK山陽放送(Yahoo!ニュース)2026年4月11日

プロフィール

生年月日1966年2月16日(60歳)
出身大学
修習期46期
定年退官2031年2月16日
現職東京高等裁判所第1刑事部 判事

経歴

國井恒志裁判官は46期(1994年任官)のベテラン刑事裁判官。浦和地裁で判事補としてキャリアをスタートし、高知、福岡、東京、水戸(龍ヶ崎支部)と各地を歴任した。東京高裁第7刑事部での3年間の勤務(2008〜2011年)を経て、名古屋地家裁岡崎支部、横浜地裁と転任。2017年から前橋地裁第2刑事部の部総括判事(裁判長)を務め、2020年には87歳の高齢ドライバーによる女子高校生死傷事故で無罪判決を出した(控訴審で有罪に変更)。東京高裁第3刑事部を経て、2021年10月に静岡地裁刑事部の部総括判事に着任し、袴田事件の再審を指揮。2024年7月に牧之原市の園児バス置き去り死亡事件で判決を下し、同年9月には歴史的な袴田事件の再審無罪判決を言い渡した。2025年4月から東京高裁第1刑事部判事として現職。

1994年4月浦和地方裁判所判事補(任官)
1996年4月高知地家裁判事補
1999年4月東京地方裁判所判事補
2002年4月福岡地家裁判事補(2004年に判事任官)
2005年4月水戸家地裁龍ヶ崎支部判事
2008年4月東京高等裁判所第7刑事部判事
2011年4月名古屋地家裁岡崎支部判事
2014年4月横浜地方裁判所判事
2017年4月前橋地方裁判所第2刑事部 部総括判事(裁判長)
2020年4月東京高等裁判所第3刑事部判事
2021年10月静岡地方裁判所刑事部 部総括判事(裁判長)★袴田事件再審を担当
2025年4月東京高等裁判所第1刑事部判事 ★現職

過去の注目判決

袴田事件 再審無罪判決2024年9月26日静岡地方裁判所

1966年に静岡県清水市で一家4人が殺害された強盗殺人・放火事件の再審。1980年に死刑が確定した袴田巖さんについて、國井裁判長は「5点の衣類は捜査機関によって捏造された」「自白調書は非人道的な取調べによる虚偽自白」と認定し、無罪を言い渡した。逮捕から58年、死刑確定から44年を経ての無罪判決で、戦後5例目の死刑再審無罪となった。検察は控訴を断念し、無罪が確定した。

牧之原市 園児バス置き去り死亡事件2024年7月4日静岡地方裁判所

2022年9月、静岡県牧之原市の認定こども園で、送迎バス内に3歳の園児が取り残されて熱射病で死亡した業務上過失致死事件。國井裁判長は、福岡での同種事故後に国・県・業界団体から再三の注意喚起があったにもかかわらず何の安全管理措置も講じなかった元園長の過失を「同種事案と比べても非常に重い部類」と評価し、禁錮1年4月の実刑を言い渡した。

解説

國井恒志裁判官は、1994年に浦和地裁で判事補としてキャリアをスタートした46期のベテラン刑事裁判官である。高知、福岡、東京、水戸、名古屋、横浜と各地の裁判所を歴任し、2008年からの東京高裁第7刑事部での3年間で控訴審の実務を経験した。

2017年に前橋地裁第2刑事部の部総括判事(裁判長)に着任してからは、注目される判断を相次いで下している。2020年3月、前橋市で87歳の男性が運転する車が女子高校生2人をはね、1人が死亡した過失運転致死傷事件で、被告人の事故時の意識状態に疑問があるとして無罪を言い渡した。傍聴席から怒号が飛ぶ中での判断だったが、國井裁判長は証拠に基づく冷静な事実認定を貫いた。この判決は控訴審で有罪に変更されたが、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の大原則に忠実な姿勢を示したものであった。

2021年10月、静岡地裁刑事部の部総括判事に着任し、日本の刑事司法史上最大の冤罪事件とされる袴田事件の再審を任された。1966年に発生し、1980年に死刑が確定した事件の再審公判を指揮するという、裁判官人生で最も重い責任を担うことになった。

2024年9月26日の判決で、國井裁判長は3つの「捏造」を認定した。自白調書が非人道的な取り調べによる虚偽自白であること、5点の衣類が捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされたこと、ズボンの共布も捜査機関によって捏造されたこと。裁判所が捜査機関による証拠の捏造を正面から認定することは極めて異例であり、この判断は日本の刑事司法のあり方に重大な問題を提起した。検察は控訴を断念し、逮捕から58年を経て袴田さんの無罪が確定した。

静岡地裁時代にはもう一つ、社会的に注目された事件を担当している。2022年9月に牧之原市の認定こども園で、送迎バスに3歳の園児が取り残されて熱射病で死亡した事件である。國井裁判長は、国や県からの再三の注意喚起を無視した元園長の過失を厳しく指摘し、禁錮1年4月の実刑を言い渡した。

袴田事件での捏造認定と園児置き去り事件での実刑判決に共通するのは、「責任ある立場にある者が職責を果たさなかったことへの厳しい目」である。捜査機関の証拠捏造も、園長の安全管理の放棄も、その立場にある者として絶対にやってはならないことであり、國井裁判長はそのいずれにも毅然とした判断を下した。

村木厚子さんが今なお訴え続ける取り調べの全面可視化と証拠開示の改革は、袴田事件が突きつけた問題への制度的な回答である。2025年4月から東京高裁第1刑事部に着任した國井裁判官は、控訴審の立場から日本の刑事司法を見つめ続けることになる。

AIによる考察

本稿では、村木厚子さんのインタビューと袴田事件再審無罪判決を接続する法的論点を整理する。

第一に、取り調べの録音録画制度の現状と限界である。2019年6月に施行された改正刑事訴訟法により、裁判員裁判対象事件と検察官独自捜査事件について、身柄拘束中の被疑者の取り調べ全過程の録音録画が義務化された。しかし、この対象は全刑事事件のわずか3%程度に過ぎない。村木さんが逮捕された郵便不正事件は検察官独自捜査事件であり、現行制度下であれば録音録画の対象となるが、袴田事件のような一般の強盗殺人事件は、裁判員裁判対象であるものの1966年当時は制度自体が存在しなかった。村木さんが「全事件・全過程」への拡大を訴える背景には、録音録画の対象外で依然として密室の取り調べが行われている97%の事件への危機感がある。

第二に、袴田事件判決における自白調書の評価である。國井裁判長は、袴田さんの自白調書45通のうち44通は違法な取り調べによるものとして既に原審で証拠排除されていたことを踏まえ、残る1通についても「非人道的な取調べによって獲得された虚偽自白」と認定した。判決は、連日の長時間にわたる取り調べ、トイレの自由を奪う処遇、自白への執拗な誘導といった取り調べの実態を認定しており、これは村木さんが語る「自白させたい、有罪にしたいという無理な取り調べ」そのものである。録音録画制度が存在しない時代に作成された自白調書が、58年後に裁判官の手で虚偽と認定された事実は、取り調べの可視化がなぜ必要かを雄弁に物語っている。

第三に、「証拠の捏造」認定の衝撃と証拠開示の問題である。國井裁判長は、有罪の最大の根拠とされた「5点の衣類」(味噌タンクから発見された犯行着衣とされるもの)について、味噌漬けの期間と血痕の変色状態に関する科学的知見から「捜査機関によって捏造された」と明確に認定した。共布(ズボンの端切れ)についても同様に捏造と断じた。裁判所が捜査機関による物的証拠の捏造を正面から認定することは極めて異例であり、この判断には相当の覚悟が必要だったと推察される。村木事件でも、主任検察官がフロッピーディスクの日付を改ざんしたことが後に発覚し、証拠隠滅罪で有罪となっている。両事件に共通するのは、捜査機関が有罪立証のために証拠を操作したという構造的問題であり、村木さんが訴える「検察が主導権を握る証拠開示」の改革はこの問題への処方箋でもある。

第四に、「人質司法」と長期身体拘束の問題である。袴田さんは1966年の逮捕から2014年の再審開始決定による釈放まで、47年7か月にわたり身体を拘束された。そのうち33年間は死刑囚として過ごし、精神的健康に深刻な影響を受けた。村木さんの164日間の勾留でさえ「ものすごく大変」であったことを考えれば、袴田さんの受けた苦痛は想像を絶する。現在、「人質司法に終止符を!」訴訟が東京地裁で進行中であり、否認する被疑者・被告人の長期勾留を許容する刑事訴訟法の規定の違憲性が争われている。

第五に、再審法改正の動きとの関連である。袴田事件では、再審開始決定に対する検察官の即時抗告(いわゆる検察官抗告)により、再審開始決定から再審公判開始まで約10年を要した。当サイトの「ニュースの裁判官」で4月9日に取り上げた日野町事件の今井輝幸裁判官のケースでも、検察官抗告により再審開始決定から7年半が経過している。2026年4月には再審法改正法案の閣議決定が自民党内の反対で見送られる事態となっており、刑事司法改革は政治的にも大きな岐路に立っている。

出典・参考

※ この記事はAIが公開情報をもとに自動生成したものです。内容の正確性には十分注意していますが、誤りが含まれる可能性があります。正確な情報は出典元をご確認ください。