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全国 2519 人の裁判官1980 件の口コミ

評価統計

口コミ数6
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口コミ一覧

★☆☆☆☆
匿名17日前
この裁判官ってリベラルなの? そう口コミを書いた人は「リベラル」をカッコいいとか思っているのかもしれないけど、リベラルと言われている政党を見たら分かるように、日本のリベラルには反日左翼が多そうで、だからそういう政党の支持率は低い。 この裁判官の思想は大丈夫なのだろうか。
★☆☆☆☆
匿名18日前
勉強し直した方がいい
★☆☆☆☆
匿名18日前
口コミのデメリットが出ていますね。 書籍では根拠を示して具体的に、三浦守、岡村和美、尾島明、高須順一のまともさの欠如を検証しています。 しかし、三浦守を称賛するコメントには、全く具体的な根拠が示されていません。 ちなみに、まともな文章も書くから、異常な判断もしてかまわないという理屈は成立しません。 それに、いくら別の事件での称賛が増えようと、それらは書籍の事件での批判を打ち消す理由にはなりえません。 ところで、家事事件手続法第96条2項は、民事訴訟法第325条2項等の準用を規定しています。 そして民事訴訟法第325条2項の規定は以下のとおりです。 「上告裁判所である最高裁判所は、第三百十二条第一項又は第二項に規定する事由がない場合であっても、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるときは、原判決を破棄し、次条の場合を除き、事件を原裁判所に差し戻し、又はこれと同等の他の裁判所に移送することができる。」 つまり、事実認定の問題であってもそれが違法な判断であれば、最高裁にはこれを破棄する職権が付与されています。 それなのに、最高裁判事がこの職権を適切に行使していないのなら、下級審以上に裁判官としてのまともでないと批判されて当然です。 上記の民事訴訟法第325条2項の規定がある以上、「最高裁は法律審だから、違法な事実認定等を主張されても何もできる職権がなく放置するしかない」ということにはなりません。 むしろ、最高裁判事が違法を放置することは、法の支配に対する破壊行為というほかありません。 先例としても、最高裁が上告の理由に該当しないとしつつも、職権により原判決を破棄した事件に、最高裁判所平成17年12月15日第一小法廷判決(集民第218号1191頁・平成16年(オ)第402号)等があります。 だからこそ、三浦守、岡村和美、尾島明、高須順一には、できることがあったのにしなかったという職務怠慢があるのです。 それでも、「最高裁は法律審だから、違法な事実認定等を主張されても何もできる職権がなく放置するしかない」と言い続け、更に、そのように違法を放置することが最高裁判事としてまともな態度だとも言い続けるのでしょうか?
★★★★★
匿名18日前
検察官出身でありながら、リベラルな視点に基づき政府に対して厳しい姿勢での個別意見を多く書かれており、司法府における役割を見事に果たされています。
★★★★★
匿名18日前
最高裁現役判事で一番質が高く、かつ、文章も書ける。数々の反対意見。成年保佐人も法廷意見に迫る内容。検察官出身が偏りが少なく宇賀裁判官退官以降最も市民感覚に近い。なお、上告審で家事事件は受理しません。最高裁は法律審です。子の監護は事実認定がほとんどです。変な誹謗中傷はやめて欲しいですね。最高裁が現在取り上げるのは、面会交流の間接強制の過酷執行くらいです。
★☆☆☆☆
匿名22日前
最高裁判事である三浦守、岡村和美、尾島明、高須順一がまともか、以下の書籍で具体的に検証されています。 https://amzn.asia/d/0eZkiUPt AIによる要約。 日本の司法の「最後の砦」であるはずの最高裁判所において、三浦守、岡村和美、尾島明、高須順一の4名の裁判官が下した決定(令和7年(ク)第491号)は、法治国家の根幹を揺るがす異常なものでした。 その異常さは、単なる解釈の間違いなどではなく、裁判官としての責務や倫理を意図的に放棄した点にあります。 1. わずか「二行」で国民の人生を切り捨てる傲慢さ 本件の当事者である父親は、下級審(家裁・高裁)の杜撰な調査により、客観的証拠(動画や学術的知見)を無視され、我が子との絆を不当に絶たれるという苦悩の中にありました。父親は詳細な証拠とともに最高裁へ必死の救済を求めました。 しかし、この4名の裁判官は「違憲をいうが、その実質は単なる法令違反を主張するものであって、特別抗告の事由に該当しない」という、わずか二行の定型文だけで訴えを門前払いしました。なぜその結論に至ったのかという理由を一切説明せず、理不尽に苦しむ国民との対話を拒絶する態度は、権力の暴走であり、究極の「説明責任の放棄」です。 2. 自分たちが作った「ルール(判例)」が破られても放置する自己矛盾 裁判において「不意打ち(当事者に反論の機会を与えずに全く別の理由で不利益な判断を下すこと)」は、過去の最高裁判例で明確に禁止されています。本件の高等裁判所は、このルールを完全に無視した違法な判断を行っていました。 最高裁は本来、こうした下級審の暴走を正す「法の番人」です。しかし4名の裁判官は、自らの判例が破られている明白な事実を見て見ぬふりし、これを「単なる法令違反」と矮小化して放置しました。これは、ルールを守らせるべき審判が、目の前の重大な反則を無視するに等しく、最高裁の存在意義を自ら否定する異常な行為です。 3. 「子どもの利益最優先」という法律の魂の無視 家事事件において最も大切なのは、民法766条が定める「子の利益を最も優先して考慮する」というルール(黄金律)です。本件では、「偽りの記憶」や「不当な引き離し」によって、子どもが精神的に深刻な悪影響を受ける危険性が指摘されていました。 しかし彼らは、この生身の子どもの現実や健全な成長の機会に一切目を向けず、形式的な理屈だけを盾にして実質的な審理から逃げました。子どもの幸せよりも、自分たちの「事件処理の効率」や「自己保身」を優先したとも言えるこの態度は、冷酷で非人間的です。 4. 専門家としての「知的誠実さ」と「共感性」の欠落 まともな裁判官であれば、当事者から強力な証拠や主張が出された場合、それを「説得力をもって論理的に打ち負かす」ことにプライドを持ちます。しかし彼らは、正面から議論することを避け、反論できないからこそ「二行の定型文」という絶対的な権力を使ってシャッターを下ろしました。 これは多忙を言い訳にした「知的怠慢」であり、家族を引き裂かれた国民の痛みを想像できない「共感性の欠如」の表れです。 結論 三浦守、岡村和美、尾島明、高須順一の4名が行った決定は、「確かな証拠を出し、どれだけ理を尽くしても、最高裁は助けてくれない」という絶望的なメッセージを国民に突きつけました。 自らの手で「法の支配」を内側から壊し、国民の「裁判を受ける権利(憲法32条)」を形骸化させたこの行為は、日本の司法史に残る汚点です。彼らの姿は、司法の頂点に立つ者としての品格や能力、そして人間性を著しく欠いた、異常極まりないものと言わざるを得ません。